俺の名前を呼んでください
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A5/208p/カバー付き/1200円/ウェブ再録につき、改稿しました。ウェブ再録。プラスウェブ未公開3編入り。こちらは安心boothパックになっております。『俺の名前を呼んで下さい』1.2巻『愛する花の身代わりに』『俺の名前を思い出して下さい』の4冊を同時に購入される方は、申し訳ございませんが『宅急便コンパクト』の方の一巻をお選び下さい。重さの関係でおまけがつけられなくなります。4冊同時購入でない場合は大丈夫です。
俺の名前を呼んでください
初めての本です。俺様王太子✕健気な少年の恋愛ものです(創作BL)。ハッピーエンドです。 両親から愛を与えられなかった少年が、王太子に構われ、教えられるものにおののきながらも信頼を寄せていきます。けれど、王太子は、男を妻にすることが出来ません。 悲しみのうちに国を去り、神官への道をすすもうとする少年でしたが、国から迎えが来て……。 ムーンライトノベルズで、連載していたものを加筆修正し、短編を三つ組み込んだ作品になっております。よろしくお願いします。 本文抜粋 クリス様に会えるという喜びと、傷つけられるというその意味を考えると、どうしようもなく揺れる火を必死に守ろうと息を吐いた。吐く息を意識しながら、緊張を解くために俺は微笑んだ。 まだ笑える――。 口の端が上がる事に安堵しながら、俺は立ち上がった。 「わかりました――」 聞こえた声は、自分のものじゃないような気がした。 何故こんなことになったのか、これから何が起こるのかを考えると恐ろしかった――。それでも俺は笑むことしか出来なかった。 離宮の中はどこも静かだった。 「人があまりいないんですね」 閑散としているという言葉がぴったりの廊下は、まだ新しくて綺麗だ。 「緊張していないのか?」 部屋を開ける前にダリウス様が俺の様子をみて訊ねた。 緊張していないはずがない――。ただ、それをみせないように振る舞っているだけで。 俺が目指していた星見は国の重要なことも占う。占いの内容をそうそう顔に出すわけにもいかないから、俺は神官長様から直々に授業を受けていた。その結果がでているのだと思うと誇らしい。神官長様は、俺が記憶を封じて、星見になることを望んでいたのだろう。 物思いにふける俺の意識を戻したのは、ダリウス様が扉を叩く音だった。大きく開けたその先に、俺は何度も夢にみた青い瞳を見つけた。赤い髪は三年の間に伸びていて、首の後ろで一つにまとめられていた。それだけだ。他は変わっていなかった。 クリス様は、ソファに座っていた。まるで王のような威厳で前を睥睨していた。俺は彼の前に出てはいけないような気がした。 いや、俺の変わり様は、クリス様の比ではないのだから、彼の凍えるような冷たい目はある意味仕方のないことかもしれない。胸の奥底がツキンと痛んだ。 俺は、無言のクリス様に微笑み、挨拶をした。 「お久しぶりです、クリス様……」 以前はクリス様と呼んでいいと言われていた。だからそう呼んでみたけれど、気に入らないというように顰められた顔に、内心で唇を噛みしめた。 「随分でかくなったな――」 クリス様は、ゆっくりと立ち上がってこちらに歩いてきた。前は、首が痛くなるほど見上げないと目線が合わなかったのに。 久しぶりに見るクリス様は、まるで知らない人のように俺を見つめた。初めて会った時だって、こんな瞳で俺を見下ろしたりしなかった。怒っていた時だって……、意地悪をするときだって……。 どうして――? また、俺はクリス様を怒らせてしまったのだろうか、しかもこれほど――。 平気な振りはこれほど上手になったのに、怯える心は、身体を鍛えても変わらないらしい。 クリス様は、無言で俺の肩を後ろの扉に叩きつけるように押した。 初めて会った夜を思い出した。そういえば、初めて会った日も庭で突き飛ばされた。あの頃は軽かったから吹っ飛んでヒールが折れてしまった。 俺の体は扉でバウンドし、強く押さえつけられた。さすがに驚いて上げた視線の前に、クリス様の青い目があって、吸い寄せられる。 「海風が強い島だというのに、随分美しい髪だな――」 俺の目は青から目を離せなかったが、クリス様は俺の髪を凝視し、片手ですくい上げた。 よく知っている――。神学校へ行ったことはないはずなのに。大きな手からサラサラと零れる髪は、黒く艶があり自分自身でも美しいと思えた。 「髪は星見になりたかった俺のために友人達が調えてくれたんです――」 神学校に行った最初の頃は、髪を構う余裕なんて無かった。毎日毎日、擦り切れたぼろ雑巾のようになって、夕飯を口に入れながら眠るような状態だった。風呂から上がって濡れたまま眠ろうとする俺の髪を乾かし、潤いを留めるためのオイルを皆が笑いながら塗ってくれた。 それもあって、星見になれなかったというのに、皆の親切も切り捨てるようで、髪を切る踏ん切りがつかなかった。 「友人が? お前をそんなもの欲しそうな顔にしたのは、誰だ――?」 もの欲しそうな顔? 島にいるときも確か誰かにいわれたような気がする。 『お前の、そのもの欲しそうな顔が俺を狂わそうとする』 そう言って、友人の一人は違う神学校へ行ってしまった。 『もの欲しそうな顔って……?』 いなくなった友人を思って考えてみたが、俺の顔は昔からこんな顔だと思う。 俺が物欲しそうな顔といって思い出すのは、友人であるマオの顔だった。神学校は周りを海に囲まれた島にあったから、毎日魚料理が食卓にでる。けれど、週に一度だけ肉料理の日がある。そのときのマオの顔。あれは憐れみをさそう物欲しさだった。まさか、知らなかったとはいえ、そんな顔で生きてきたのだろうか……。それは少し恥ずかしい。 「クリス様――?」 記憶をたどる俺の髪を掴んだまま、ただでさえ近いクリス様の顔が寄ってきて、唇を俺の唇に押し当てた。 口付けは、それ以上深くなることもなく、ただ存在だけを示して、離れた。それを寂しいと思ってしまうのは、今もなお残るこの想いのせいだろうか。 「星見になどさせるものか――」 クリス様が髪を掴む方と反対の手は、どこから取りだしたのか銀の刃(きらめき)を握っていた。 ザクッ――とあっけないほど簡単に、そのナイフは俺の髪を切り離し、重厚な扉に突き刺さった。はらはらと散る花弁のように、クリス様の手から黒い髪が床に落ちていった。 「あっ……」 思った以上に響いた声は、俺のものだったのだろうか。 囲いこまれた腕の中で、心は途方もなく揺れた。ろうそくの火などもはや消えて等しい。 クリス様の優しい声音は、扉に突きつけられたナイフよりも鋭く俺の心を切り裂いた。 「ダリウスに抱いてもらえ――。興が乗れば、私も挿(い)れてやる――」 耳朶に舌を寄せて、クリス様が告げた言葉が、灯されていたものを吹き消した。 耳に感じた体温に背中がゾクリとあわ立つ。 「や……、嫌です――」 抵抗を示した俺の手を掴み、凍えそうな冷たい瞳のまま、クリス様は俺を嗤う。 「坊主どもに可愛がられたその身体を、私に差し出すのは気が進まないのか?」 言葉の意味が、よくわからなかった。 「坊主って、神官長様のことですか……?」 「神官長様とやらがお前を――」 冷たく北の海のようだった目に、まるで島に生息していた鷹のような獰猛さが宿った。俺を一瞬抱きしめた後、近くに立っていたエルフラン様に突き飛ばす。 「お前達も、愉しむといい――」 そう言って、次の間を開けた。そこは寝室で、俺はエルフラン様を振り返った。 「何故あんなことを――?」 エルフラン様は、困惑していた。 「悪いようにはしないから、家族のことを想って、耐えろ」とダリウス様が被せるように言った。 「エル、お前もクリス様を煽るのを手伝え」 ダリウス様の小さな声は、今まで聞いたことのない真剣味を帯びていた。